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宮崎地方裁判所 平成3年(ワ)100号 判決 1992年7月17日

宮崎県西臼杵郡高千穂町大字三田井一二六五番地五

原告

伊藤イエノ

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

田原隆

右指定代理人

呉屋栄夫

二羽泰昌

福田道博

木庭忠義

尾沢安治郎

鈴木譲

寺田英輔

古川清和

江上久継

福島睦泰

宮崎県西臼杵郡高千穂町大字三田井一三番地

被告

高千穂町

右代表者町長

稲葉茂生

右指定代理人

河内達雄

佐藤文映

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

1  被告国は、原告に対し、金二〇三万七、三二五円及びこれに対する昭和五六年三月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告高千穂町は、原告に対し、金一〇〇万〇、四四九円及びこれに対する昭和五八年五月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要等

一  原告は、昭和五六年三月一六日、延岡税務署長(以下「税務署長」という。)に対し、昭和五五年分の所得税の確定申告をした。

本件は、原告が、右申告の際、延岡税務署職員(以下「税務署職員」という。)から、不当教示を受けるなどして、過大な税金の納付を余儀なくされたなどと主張して、被告らに対し、国家賠償法一条に基づき、損害賠償を求めている事件である。

二  原告の主張は、必ずしも明確ではないが、これを善解すると、次のとおりであると解される。

1  原告は、前記確定申告の際、税務署職員から、原告には昭和五五年分の所得として、宮崎郡佐土原町大字上田島字新山一一四四番三五所在の宅地を売却したことによる五四六万六、一八一円の譲渡益があるが、当該利益を居住用の住宅建築費用に使用している場合は住宅控除が受けられるから税金はかからない旨説明を受けた。しかしながら、原告は、当該職員の故意または過失によって当該控除を受けることができなかった。

その結果、原告は、昭和五五年分の所得税一三六万二、〇〇〇円、昭和五六年度の町県民税四五万六、五四〇円及び国民健康保険税二六万円のそれぞれの納付を余儀なくされた。

2  原告は、前記所得税のうち七〇万円を昭和五六年三月二四日、振替納付の方式により納付し、六六万二、〇〇〇円を昭和五八年五月一七日納付したにもかかわらず、税務署長は、さらに利子税一万〇、一〇〇円、延滞税一八万五、四〇〇円の納付を催告したうえ、昭和五九年一二月一九日、右重大明白な瑕疵のある課税を根拠として原告所有の不動産に対し差押登記をし、利子税及び延滞税の納付を強制した。

税務署長のこれら一連の行為は、いずれも公権力の濫用である。

3  高千穂町長は、原告が非課税母子家庭であるにもかかわらず、高額な前記町県民税及び国民健康保険税の納付を執拗に強制した。

4  原告は、これらの税務署職員らの違法な行為によって経済的・肉体的・精神的苦痛を蒙った。

原告の蒙った損害は、被告国との関係では、前記の所得税一三六万二、〇〇〇円にこれに対する昭和五六年三月二四日から平成三年二月までの九年一一か月間の年五分の割合による遅延損害金六七万五、三二五円を加算した二〇三万七、三二五円であり、被告高千穂町の関係では、前記の町県民税及び国民健康保険税合計七一万六、七四〇円(右合計額は七一万六、五四〇円であるが、原告は、これに督促料二〇〇円を加算した額を税額として主張していると解される。)にこれに対する昭和五八年五月二八日から平成三年二月までの七年九か月間の年五分の割合による遅延損害を加算した一〇〇万〇、四四九円である(原告の主張には、本訴請求額につき遅延損害金を一部期間につき二重に計上している違算があるが、ここでは原告の主張をそのまま記載しておくこととする。)。

三  争点

被告らは、原告に対する昭和五五年分の所得税、昭和五六年度の町県民税及び国民健康保険税の課税及び徴収の過程において、それに関与した税務署職員らの行為に違法な点はなかったと主張し、この点が本件の争点である。(なお、右職員らの行為に違法性が認められる場合には、当該行為がその職員の職務上の行為であったか否か、右職員に故意・過失があったか否か、右行為と相当因果関係にある損害の有無についても争点となる)。

第三争点に対する判断

一  当事者間に争いのない事実に加え証拠(甲第四号証の一、二、乙第二号証)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

1  原告は、昭和五六年三月一六日、税務署長に対し、昭和五五年分の営業所得一万〇、三七五円、分離課税の短期譲渡所得五四六万六、一八一円、申告所得税額一三六万二、〇〇〇円とする確定申告書を提出した(原告が、同日税務署長に対し、昭和五五年分の所得税確定申告書を提出したことは当事者間に争いがない。)

2  税務署長は、原告の確定申告に対し、更正処分をすることなく、原告の納付すべき所得税額は一三六万二、〇〇〇円と確定した。

3  原告は、自己の納付すべき所得税について、国税通則法三四条の二に規定する口座振替納付の手続きをするとともに、右所得税額一三六万二、〇〇〇円のうち六六万二、〇〇〇円については、昭和五六年六月一日まで延納する旨の届出をした。(延納にかかる納税者は、国税通則法六四条により、当該国税に合わせて利子税を納付しなければならず、本件では当該利子税は一万〇、一〇〇円となる。)。

4  原告は、前記所得税額一三六万二、〇〇〇円のうち、七〇万円について、同年三月二四日、口座振替納付をした(なお、国税通則法三四条の二、第二項によって、右納付は法定納期限において納付されたものと取り扱われる)。

5  原告は、延納にかかる所得税額六六万二、〇〇〇円及び利子税一万〇、一〇〇円合計税額六七万二、一〇〇円を延納期限である昭和五六年六月一日までに納付しなかったので、税務署長は、原告に対し、同月一二日付けで国税通則法三七条に基づき督促状を発付した。

原告は、右督促状の発付後である昭和五八年五月一七日、延納分の六六万二、〇〇〇円を納付した。そこで、右延滞について原告が納付すべき延滞税額は、原告の右納付により、国税通則法六〇条二項(昭和五九年法律第五号による改正前のもの)の規定にしたがい一八万 五、三〇〇円と算出され、確定した。

6  原告は、前記3記載の利子税一万〇、一〇〇円及び5記載の延滞税一八万五、三〇〇円については免除を申し出るばかりで、その後も納付しなかった。

そこで、税務署長は、原告に対し、昭和五九年八月二〇日、利子税及び延滞税の納付を促すために、納税催告を行った。

7  税務署長は、原告が、前記利子税及び延滞税を納付しなかったために、同年一二月一九日、国税徴収法四七条に基づき原告所有の不動産(宅地一筆、居宅一棟)を差し押さえ、同日付けで原告宛に差押書を送達し、宮崎地方法務局高千穂支局に差押登記の嘱託を行った(なお、税務署長が、同年一二月一九日、原告所有の物件に対し、差押えの登記をしたことは当事者間に争いがない。)。

8  高千穂町長は、原告の昭和五五年分の所得税が前記1及び2記載のとおり確定したことに基づき、関係法令にしたがって昭和五六年度の町県民税を四五万六、五四〇円、国民健康保険税を二六万円と算出確定し、原告に対しその納付方を通知した。

二  なお、原告は、本件確定申告をするにあたり、税務署職員から、原告が本件において住宅取得控除を受けられるという説明を受けた旨主張し、原告本人の供述中には、右事実に沿うともとれる部分もあるが、右供述は曖昧であって採用することはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

かえって、原告本人尋問の結果によれば、原告は、右確定申告にあたり、税務署職員に対して、住宅取得控除をうけることを意図して家を新築した旨申し向けたところ、税務署職員は、領収証、見積書など住宅新築の関係資料を提出するように教示したが、結局、原告は右資料を提出しなかったことが認められる。

三  以上認定した事実によれば、原告に対する昭和五五年分の所得税、昭和五六年度の町県民税及び国民健康保険の課税及び徴収過程のいずれにおいても、これに関与した税務署職員らの行為に違法な点があったとは認められない。

四  したがって、原告の請求は、その余を検討するまでもなくいずれも理由がない。なお、原告の本訴請求は、国家賠償請求とは別に、過大に納付した税金の返還を求めているものと解する余地がないではない。しかし、申告納税制度をとる所得税等につき、申告税額が過大であると主張する者は、税務署長に更正の請求をしたうえ、これが認められないときはその行政処分を争うことによって、また税務署長等の課税処分に基づく税額に不服がある者は、その課税処分を争うことによって、それぞれ救済を求めるべきであり、民事訴訟により納付した税金の返還を直接に求めることは原則としてできないのであるから、原告の本訴請求を右のように解するとしても、それが理由がないものであることは明らかである。

(裁判長裁判官 三輪和雄 裁判官 渡邊雅道 裁判官 梶智紀)

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